ブックタイトル京都山科 非公開文化財等の特別公開
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京都山科 非公開文化財等の特別公開
2書院障壁画 書院(重要文化財)内部を飾るのは江戸初期の土佐派絵師土佐光起・光成親子による豪華な障壁画。次の間(手前の部屋)には瀬田の唐橋,石山寺,矢橋帰帆や東湖が描かれた「近江八景図」,上段の間(奥の部屋)には紅葉の美しさから和歌の歌枕になっている竜田川を描いた「竜田川紅葉図」がある。 ※書院前庭からの拝観となります。住所:山科区勧修寺仁王堂町27-6Tel:075-571-0048拝観時間:9:00~16:30(受付終了16:00)拝観料:400円 アクセス:地下鉄東西線「小野駅」下車徒歩約6分泰3年(900年)醍醐天皇が生母藤原胤子の菩提を弔うため創建。文明2年(1470年)兵火で焼失したが,皇室と徳川家の援助で復興。代々法親王が入寺する門跡寺院として格式を誇る。昌書院前庭 前庭の枯山水は海と山。北東の一画を占める石組が蓬莱山で,ハイビャクシンの葉は打ち寄せる波を表している。庭園 東山連峰を借景とした庭園は氷室池を中心とする池泉様式庭園。毎年1月2日に氷室池に張る氷が宮中に献上され,氷の厚さで五穀豊穣が占われたといわれている。ハイビャクシン ハイビャクシンは樹齢750年を超え,いまなお旺盛な生命力を誇る。幾度にもトグロを巻きながらせり上がり広く地を這う奇妙な樹形をしているが、これは一本の木でできている。光圀灯篭 「大日本史」の編纂に協力したことのお礼として徳川光圀から寄進された灯篭。笠、火袋、中台、柱、地輪のすべてが長方形という変わった形をしている。重要文化財勧修寺玉の輿伝説発祥の門跡寺院かじゅうじ 藤原氏の貴公子藤原高藤(ふじわらたかふじ)は、山科でのタカ狩りの最中に大雨にあい、宮道列子(みやじたまこ)の家にかけ込んだ。高藤は列子の美しさに見とれ、「今に妻として迎えに来る。」と約束した。列子はこのお言葉を信じて7年間待った後、めでたく結婚した。誕生した胤子(つぎこ)は宇多天皇の皇后となり、醍醐天皇が誕生される。当時は藤原一族でなければ皇后にはなれない時代にあって、高藤がかけ込んだそのご縁により、列子は皇室の縁者となった。女性が高い身分や多くの財産をもつ人の妻になることを「タマノコシに乗る」というが、列子から誕生した言葉であると伝えられている。COLUMN勧修寺の『玉の輿伝説』秋の特別公開2